岸田日出刀・丹下健三と倉吉市庁 戦後民主主義をかたちにする
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岸田日出刀・丹下健三と倉吉市庁 戦後民主主義をかたちにする

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岸田日出刀・丹下健三と倉吉市庁 戦後民主主義をかたちにする 著者:倉吉市役所建設の記憶をたどる会、生田昭夫 出版社:堂計画室 ページ数:94 サイズ:A4 はじめに  2016(平成28)年10月21日(金)午後2時7分頃、鳥取県中部地震が発生しました。北緯35・4度、東経133・9度、深さ約11㎞、マグ二チュード6・6震度6弱(倉吉市葵町)。ごの地震で、15,408の住宅が被災したが、幸いなことに死者は無かった。倉吉市庁舎では、3階建ての行政棟の窓ガラス約180枚が割れ、平家の議会棟の8本の柱の頭部が破損した。  登録有形文化財に指定されたこの建物の修復工事を担当することになったが、市役所には、修復の設計を進めるために必要な建設当時の設計図・写真・契約書・関係書類等は残っていなかった。そこで工事に関係する設計図書・写真の収集から始めた。しかし、私が30年以前に元水道建設課長の山本茂喜から頂いていた設計図、それは東京大学丹下研究室から課長宛てに届いた青図一式だったが、それ以外に当時の工事に関係する資料は、工事中には見つからなかった。工事が終わっでからも当時の資料収集・整理を続ける中で約240枚の工事関係の写真が見つかり、工事を記録した8ミリフイルムも発見された。これらの資料から、倉吉市庁舎の設計のいきさつが明らかになった。それは、丹下健三が『市民に親しまれる、市民の為の市役所を作る事』『戦後の民主主義をかたぢにする事』を具体的に設計しようとした姿だった。その設計は、試行錯誤が重ねられ、難産の末の完成となった。工事も以下に記述するように大変な灘工事となった。戦後まだ9年、朝鮮戦争が終わっですぐという時期に、誕生したばかりの倉吉市、人口5万の市民が、設計理念である『戦後民主主義をかたちにする』の下に、よくぞごれだけの市庁舎を機械らしい機械も使わず、ほとんど人力で、手仕事で造ったものだと思う。  その設計の試行錯誤の過程と困難を乗り越えて国えて完成にこぎつけた先人の苦労を、多くの方々に知って欲しいし、市庁舎をいづまでも大切にして欲しいと思うようになった。それが、この冊子を作るきっかけだった。前回は、小冊子とし簡単にまとめたが、今回は、それ以降に見つかった資料や写真等を加えて再編集した。ぜひ手に取って、建設の苦労と当時の人々の市役所建設に注いだ姿を感していただければありがたい。 生田昭夫 目次 ・はじめに ・倉吉の概要 ・市役所と地震 ・地震被害の修復設計 ・倉吉市の誕生と倉吉市役所の建設 ・倉吉市庁舎の建設までの経過 ・設計者を岸田日出刀に決定 ・岸田、丹下の現地視察 ・敷地の造成 ・設計コンセプトと設計条件 ・地盤調査と積載荷重試験 ・実施設計 ・納図された最初の設計図 ・異形鉄筋の採用 ・竣工式 ・完成写真 ・岸田・丹下の来倉  丹下が竣工式を欠席した理由  建築学会賞受賞 ほか ・あとがき  倉吉市庁舎をめぐる人物相関図  柱破損図・竣工図  倉吉市庁舎建設略史 倉吉市庁舎概要  倉吉市庁舎建設概要